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JC Station 2009 vol.3

|||3月号|||

◇ JR北海道 総合企画本部 地域計画部 倉谷正主幹

◇(株)ワークヴィジョンズ 西村浩代表

◆(社)岩見沢青年会議所 第54代理事長 平野 義文

データ;2月16日(月)15:00~
     新岩見沢複合駅舎 完成前のセンターホールに

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iwamizawa3-4.jpg平野理事長  本日は大変ご多忙の中お集まりいただきましてりがとうございます。今日は3月30日(月)にグランドオープンを迎える岩見沢複合駅舎のセンターホールにて、この駅舎の生みの親とも言うべきお二人に来ていただきました。JRの駅としては全国初となる公募型設計コンペを行った仕掛け人であるJR北海道本社、総合企画本部 地域計画部 倉谷正主幹と、その設計コンペで見事最優秀賞を受賞されました()ワークヴィジョンズ(以下WAO)の西村浩代表にお越しいただきました。どうぞ宜しくお願いいたします。

 

さて早速ですが、この駅舎ができるまでの経緯から聞いてみたいと思うのですが、まず平成12年に3代目駅舎が燃えてしまいました。その後、どういう流れで現在まできているのかを伺ってみたいと思います。またそこに携わる倉谷主幹の仕事なども教えてください。

 

JR倉谷主幹  私の仕事としては、駅周辺整備に伴うJR北海道と各自治体との調整を行っています。もっと簡単にいうと駅舎を絡めたまちづくりと考えていただいて差し障りありません。ただ、岩見沢駅が燃えた時はまだ違うプロジェクトを担当していて、仮駅舎が設置され「さぁ、新しい駅の設計をどうしようか」という時期から私の関わりがスタートしました。

 

平野理事長 そこで初めて設計コンペの話がもち上がってくるんですね。この全国でもやった事の無い公募型設計コンペをやろうとした仕掛け人は倉谷主幹が張本人だとお聞きしたのですが。

 

kurayasyukan1.jpgJR倉谷主幹  そうですね。平成15年度に岩見沢市と当社とで、駅舎と市の施設を合築して整備することで基本合意を致しました。16年度からは、基本的な設計をどうしようかと検討する中で設計コンペという手法を選択しました。と言うのも、通常は社内や自治体各々の既成概念に囚われがちな人たちが設計をするのが一般的でしたが、これからはそうではなく、もっと違うやり方があるのではないかと思ったのが理由です。また、そういうプロセスを踏むことにより市民にも駅舎づくりを理解してもらえるだろうと考えました。ただ駅をつくるだけではなく“駅”と“まち”の関わりが生まれることが重要だと。そのためにはいろいろな方々から提案を受け、その提案の中から選択するのがベストではないかというのが始まりです。

 

平野理事長  なるほど。基本となるのは、駅舎とはただの箱モノとしての建物ではなく、まちとの関わり、住んでいる人との心のつながりを大切にしようというのがコンペを開催する発端としてあるわけですね。 "urn:schemas-microsoft-com:office:office" /?>

 

JR倉谷主幹  そうなんです。コンペの時は、作品を応募される方々にも条件としてしっかりと提示してあります。『駅が街の顔として、シンボルとして、変わらぬ価値のある建物となること』、そして、『まちとの連携』として、まちづくりとどう関わっていくのかという提案を課題にしておりました。その結果、全国より376件の応募があったのです。

 

hirano03.jpg平野理事長  単なる駅舎の設計ではなく、まちの人々とどう関わるか、どう岩見沢のまちづくりと絡めていけるか。と言うことですね?そこでピッタリとはまったのが()ワークヴィジョンズの西村さんですか。(一同笑)では西村さん、最初に「まちづくりとの関わり」を重視したコンペの募集要項があったと思います。やっぱりそこで「よし!イケる!」と思ったのですか。

 

WAO西村代表  「よし!イケる!」なんてとんでもない。ただ、挑戦してみたいとすぐに思いました。僕の事務所では、建築の設計をやっているだけでなく、全国いろいろなところでまちづくりに関わらせていただいています。今回のコンペの対象となった駅というものは、普通の公共施設と違っていて、まちやそこに暮らす人々と関わりの深い建築です。一般的な公共施設というのは、何か用事がある時にだけ、その目的を達成するために足を運ぶ施設ですよね。ところが駅は通勤や通学のために、日常的にほぼ毎日使う施設なのです。それ以外にも目的はなくても、待ち合わせに使うとか、時間が空いたから駅を何となくぶらぶらするとか。ちょっと普通の公共施設とは、市民との距離感が違う建築だと思うんです。建築という存在が、まちと深くつながりを持ち、人々の暮らしの日常をどう支えることができるかというテーマに、このコンペを通じて、チャレンジしてみようと思いました。

 

平野理事長  そこで出てきた要素の一つが新駅舎の壁に積まれている4,777個の刻印レンガなんですね。また、将来的にもっと繋がっていけるようなレンガ軸もコンペの時から拝見させていただきました。その辺の詳しい事は後ほど聞かせていただくとして、まず応募に先だって岩見沢に調査に来ましたよね。その時の正直な岩見沢市の印象は?

 

nishimurahiroshi.jpgWAO西村代表  真冬だったんですよ。確か12月。辺り一面が雪で真っ白で、写真を撮ってもまるでモノクロ写真みたいで。今でこそ街の様子が大分わかりますが、初めて岩見沢に訪れた時は、街をぼーっと見つめていても、駅のアイデアに繋がるようなヒントが何も見えてこない・・・。そうなると、とりあえずはまちの歴史を辿るしかなくて、すぐに図書館に行ったんです。そこで様々なまちの記憶を辿っていく中で「鉄道」という大きなキーワードに出会ったわけです。当時のまちの写真を見ると、SLが煙をもくもくとあげながら走っていて、まちにものすごく活気がある。様々なまちの写真を見ていくと、印象に残るのはそんな鉄道のある風景や、それを支えてきた煉瓦づくりの工場なんです。そしてなんとなく元気のないまちの姿を目の前にしたときに、新しい駅舎に煉瓦や古レールという素材を建築の材料として使うことで、当時の、岩見沢が鉄道で繁栄を極めていたころの賑わいの記憶を、この現代に引き継げないかと考えたのが、駅のデザインを考える上での最初のアイデアでした。

 

平野理事長  それが組み合わさってレンガと古レールが多用された駅ができたのですね。そしてそのレンガに関しては「ひとつのレンガが街をつくる」というフレーズで表す様に、市民から募集した個人の名前が刻まれたレンガが4,777個積まれました。この自分のレンガを探しに岩見沢駅に足を運ぶ人が沢山いるのではないかと思います。この企画を主催したレンガプロジェクト事務局では西村さんは勿論、岩見沢市民が関わって一つの形となってきましたが、そんな事もコンペの段階からイメージとして温めていたのですか?

 

WAO西村代表  もちろん考えてました。ただ、それにはどうしたら岩見沢市民の方と接点を持てるかが問題でした。でも幸運なことに、札幌で仲間と飲んでいる時に、たまたまそこに岩見沢の方がいらっしゃって、そこから話が始まったんです。その方に「コンペで提案した刻印レンガのプロジェクトを市民の方々と一緒にやりたいので、とにかく人を集めてほしい。皆さんに駅の考え方とこれからのまちづくりについて話をしたい。」とお願いをして、市民の方々を集めていただいたんです。確か、駅前の三船さんでした。その中には、ここにいらっしゃる平野理事長も参加してくれました。確か2005年の秋くらいだったかな?

 

iwamizawa3-1.jpg平野理事長  そうです。その時僕も「JCの専務予定者です」と言った記憶がありますので、秋口くらいですね。その時から今の倉谷さんや市役所の複合駅舎開設準備室の方々との付き合いが生まれ、様々なスタッフのみんなと共にレンガプロジェクト事務局が発足したんですよね。

 

WAO西村代表  そうそう(笑)。話のすべては、そこから始まりました。ところが一番始めに皆さんに言われた言葉が、「本当に来るとは思わなかった」。僕が来たことを皆さんに驚かれたんですよ。僕にとっても驚きでした。それは、今まで公共事業において、設計者と市民の接点がなかったってことなんです。これは今までのモノづくりの大きな問題だと思います。モノを作っている人間と、これからそれを使っていく市民の方々との想いがリンクしていない。だから今回、僕としては、市民の皆さんになんらかの形で関わっていただきたいと思っていました。

 

平野理事長  最初はレンガプロジェクトから始まりました。そして今回の駅舎が完成する過程で様々なまちづくり的な動きがあったじゃないですか。例えば「ありがとう仮駅舎」では教育大とレンガプロジェクト、そしてJC等々がリンクしてアクションを起こせた。あれは我々と教育大がコラボする最初のきっかけでもあります。更には昨年末にはその繋がりからプロジェクトXmasとの同時開催でレンガお披露目式が行われ、そこには市商連、NPO薔薇香る、観光協会等々様々な団体との共催によるリンクもできた。いよいよ今月30日にグランドオープンを迎えますが、グランドオープン後、少し暖かくなってきた5月頃にはもっと大きなうねりとなるような事が企画されつつある。見事にこの駅を中心としてそこに組み込まれたまちづくりのDNAが起動し始めているのかなと。

 

iwamizawa3-3.jpgWAO西村代表  2005年のコンペからここまで皆さんと一緒に活動してきましたけど、みんなほとんど手弁当でやってきた。予算や活動内容が事前に決まっていたわけではなくて、その都度、皆さん一人一人が考えて議論し、少しでも将来のまちのためになるのであればという想いで活動をしてきました。その過程で、お金や労力の問題をなんとかクリアしてきたわけでしょ。みんなが少しずつ犠牲を払って、それが集まることで大きな力となり、様々な壁を越えてきた。市民の方々が夢を共有できて、みんながそこに向かって努力してきたこと。それがとても大事なことだと思うんです。

 今の世の中、何かやろうとすると、予算がないとか安全上問題があるとか、そういうリスク回避から話が始まることが多いんです。そうなると、やりたい事に向かって話が前に進まなくなる。出来ない理由が最初にきてしまって、事前に潰されてしまうんだよね。何か物事を起こそうって時には、まずはみんながこのまちで何をしたいのか、何をすべきなのかという、ある意味理想的な姿を描いて、そこに向かって一歩一歩進んでいく努力が必要だと思うんです。最終的に実現されることは、最初描いていた姿の100%でなくても、80%でも実現できれば、大成功だと思った方がいい。だって、リスク回避的な議論で進めると、結果0%なんだから。今回の駅舎建設を通じて、みんなが夢に向かって歩みを進めてきて、いろんなプロジェクトが実現できた。そのプロセスがとても良かったし、ここで生まれた人と人のつながりや信頼関係が、きっと将来のまちづくりに向かって素晴らしい財産になると思います。それにしても、やっているときは問題だらけだったけどね(笑)

 

平野理事長  色々なまちづくりを市民と共にやれるエッセンスを豊富に盛り込んでいる。それがうまい事わかる人のアンテナに引っかかって実際にコンペの最優秀賞として選ばれて、その思惑と合致したソフト面での人の動きがちゃんとできつつある。私はこの駅舎を核とする動きはまだまだ浸透はしていないけど、岩見沢のまちづくりに対する新しいムーブメントだと思っています。自分自身の実感として、西村さんに会うまではJCでまちづくりを語るんだけど、どこか「まちづくりごっこ」の域を越えられない。けど、今回いろいろな人と出会い、ひとつひとつ形になり実現していく過程を通し、これが本当の「まちづくり」なんだと感じる事が多々ありました。極端に言えば僕はこの駅と一緒に育ちつつあるなと(笑)

 

WAO西村代表  とても嬉しいことです。そういう方々がたくさん出てきてくれればそれを契機にまちは変わる。

 

iwamizawaeki.jpgJR倉谷主幹  今回の岩見沢駅は、先ほどから言われているとおり駅舎づくりと市民との関わりというものが色濃く出ていて、結果を振り返ると西村氏の作品を選んだ内藤先生方審査委員の見る目があったのだなと感じております。また、こうした市民活動のプロセスにより駅舎が完成するわけですが、今後どの様にまちづくりに引き継がれていくのかが何よりも気にかかることです。たぶん平野理事長たちが誘導してまちづくり活動の方向に引っ張っていってくれると思っています。駅舎はようやく完成しますが、これからの市民活動が大事ですね。

 

平野理事長  それこそ完成したら2人は岩見沢となかなか接点がなくなってしまいますね。

 

WAO西村代表  そう言わずに、誰か呼んでくれないかなぁ。(笑)

 

JR倉谷主幹  来年度以降も、駅前の中心市街地活性化基本計画とか、駅北地区の具体的な開発が始まってくるし、私もせっかくコンペをやり西村さんたちが岩見沢に関わってくれたのだから、これからも市民の方と関わりをもち、アドバイザー的に岩見沢のまちづくりを見ていただきたいなと思います。

 

平野理事長  是非この接点を活かしていきたいですね。

 

WAO西村代表  幸運なことにコンペで選んでいただいて、僕としては嬉しい反面、僕以外の375人の建築家の方々がこのコンペに注いできた膨大な労力を考えると、彼らに対して最後まできちんと責任を果たさなければならないと思ってます。岩見沢市民の方々も、375人という膨大な数の建築家に感謝をしなければならないでしょう。市民の方々の責任は、駅舎建設という出来事を、駅ができた後のまちづくりにきちんと繋げていくことにあるのではないかと思います。

 コンペを実施して、新しい駅舎が完成し、そしてまちづくりへと展開するという一連のストーリーをきちんと成果として記録に残せるようなものにしていかなければ、コンペをした意味がなくなってしまう。仮に、岩見沢でのコンペが失敗だったとなると、他の街では、これから二度とコンペをやらなくなるでしょう。その責任はものすごく大きいわけですよ、僕としては。コンペで最優秀をいただいた時点で、僕にはその責任がズシッと肩に乗っかっているわけで、限られた時間の中でできることを精一杯やってきたというのが実際のところなんです。

 

iwamizawa3-5.jpg平野理事長  今後はストーリーを含めてもっと岩見沢の人がこの駅の事を知っていなければならない。コンペで採用された事は辛うじて知っているのかもしれないが、どういう想いでレンガ壁が積まれて、どういう願いでセンターホールがあって、またどんなストーリーの上に古レールのサッシがあるのか。それらを元にこういう建物になったんだということを知らないし、知る機会も少ない。だったら私達JCを含めた同じ世代の若者がそんなバックボーンに流れる想いの部分を引き継いで、まちづくりへのアクションを起こしていくのが義務だと思うんですよね。

 

JR倉谷主幹  そういう面では、岩見沢というまちにとって大学が存在することはとても貴重なことだと思います。これからいろいろとまちづくりをやっていく中で、若い人たちの感性だとか若い人が理解し行動していくことが必要だと思う。若い力で活性化してほしいと思っています。そういう意味では駅の中にも大学の情報コーナー的なものもできるし、これからどんどん若い人が駅に来ることによって駅舎建設のプロセスを理解していただければ何かの形でまちづくりに跳ね返ってくる気がします。

 

iwamizawa3-6.jpgWAO西村代表  先ほど、平野理事長から「まちづくりごっこ」って言葉がありましたけど、この駅のプロセスの中でやったイベントというものはひと味違っていたと思います。駅舎はこの3月に完成しますが、僕が一番期待しているのは、また次に何かをつくる時にこの駅でやったプロセスを具体的に思い出してほしい。駅前通りでもいいし、駅北の整備でもいい。何らかのモノづくりをきっかけにして、市民参加のプロジェクトを具体的に動かしていくとまちづくりがリアルになっていく。是非そうであっていただきたい。行政とか大学とかJCとかいろんな人間関係ができてきたわけだから、そういう繋がりを使ってどんどん新しいまちづくりプロジェクトをやるべきだと思います。そうすると「僕たちも参加したい!」という人がたくさん出てきて、まちづくりに勢いがでてくる。そういう流れができれば、自然にいい街になっていくと思います。その流れができれば、僕らなんかもういらないんですから。

 

平野理事長  これを契機に岩見沢のまちの意識が変わったな、というのがこの新駅舎に備わった希望でもありますからね。

 

JR倉谷主幹  先日読ませていただいた理事長の指針の中にもあったと思いますが、今までは地元の行政や団体が各々個々で活動していました。しかし、個々でやることは狭い視点でしかもの事を見れない。しかし、いろいろな人が連携をとる事で凄く大きな力になる。その辺は平野理事長が先頭に立ちがっちりやっていただければありがたいですね。

 

iwamizawa3-7.jpgWAO西村代表  今の世の中、リスク回避思考で夢が潰され、若い人たちが夢を描けない世の中になってきている。若者が本気で何かを成し遂げたいと思っていることに対して、頭ごなしにそれを否定するのではなくて、まずは、若者の夢を大人たちがきちんと受け止めてあげて、一人一人が少しずつ手を貸してあげることが大切だと思うんですよね。若者、特に子供達が夢を描ける “まち”になってほしい。その夢に向かってみんなが力を合わせて動いていく。岩見沢のまちがそうなれば、僕はとても嬉しいです。

 

平野理事長  当然、僕だけでなくみんなでやっていかなければいけない。本当に夢を描けるまちになるべきだし、そういうきっかけをこのお二人にもらったなと思います。もちろんこの駅舎の完成までのプロセスの中でこの2人だけでなく、色々と関わった方々から刺激をもらいましたし、勉強させていただきました。

 

WAO西村代表  375人の応募者の重みが平野理事長に肩に、市民の人の肩に乗るわけです。

 

平野理事長  そこはありがたく背負わせていただきますが、重いですよねソレ(笑)

 

JR倉谷主幹  つくづく思うけどコンペをやってよかったです。日本にも有名な建築家は沢山いますし、コンペにもそのような方が多数参加している中で西村氏が選ばれたというのは明確な理由があったのです。そして、レンガやレールというハード面だけでなく、まちづくりというソフト面でも大きな成果を生んだと思うんです。本当にコンペをやってよかったとあらためて思います。まちづくりのほうも西村氏の提案があったからこそ、今後も更に良い方向に向かうはずです。

 

iwamizawa3-1-1.jpgWAO西村代表  この駅舎が出来てオープンした後に市民の人たちがどんな使い方をするのかな、どういう活動をするのかなととても楽しみです。駅舎がオープンしてしばらく経ってから、その辺を“こっそり”見に来たいと思ってます(笑)。今度は一観光客として、楽しそうに人々が集う駅の姿を拝見することを楽しみにしています。

 美しく機能的な建築をつくるのは、建築家の役割として当然のことですが、完成後の建築を通じて生まれる市民の方々の日常的な暮らしの風景が、活き活きとした、笑顔あふれるものであるかどうかということが、実は建築のデザインの一番大切なところだと思います。

 

平野理事長  この駅舎は倉谷さん達が掲げた「駅とまちとの連携」というコンセプトを元に、まちづくりのDNAが間違いなく入っていて、それを知っている人間が少なくとも何人かいて、そんな事を行動を通して岩見沢中に広げていければこんな素晴らしい昇華の方法はないと思うんです。是非それを担う一人として真剣に生きていきたいと思っています。数年後再会した時にお互い笑顔で握手できるようにお誓いを申し上げまして本日は終了とさせていただきます。本当にありがとうございました。

 

 

【対談後記】

私ともすでに4年目の付き合いとなる、西村代表と倉谷主幹です。いよいよ平成12年に焼失した駅舎から更に沢山の思いが詰まった新駅舎のグランドオープンを迎えます。この駅舎には対談の中でもあったようにまちづくりへのDNAがしっかりと織り込まれている。まちを変えるのは「よそ者、若者、バカ者」という言葉の中で、見事なまでに「よそ者」がこのまちを変えるきっかけを与えてくれています。我々は若者でもあるけれど、ここの領域は学生などに任せて(?)、私たちJCはバカ者になって真剣に動かなければならないんだと思います。そうすればこのまちはもっと変わっていけるし、日頃から掲げる「自分達のまちは自分達自らの手でつくる」という思いを強くする事ができるのではないかと考えます。30日(月)のグランドオープンに先立ち、29日(日)には内覧会や完成記念パーティーが行われ、30日(月)は式典から始まってシンポジウム等も開催されます。是非、みんなでこの新しい駅舎の誕生を祝い、今後のまちづくり核のひとつとして活かしていけたら良いなと考えています。

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[...] そんな事の一つひとつがこの駅に含まれたDNAであると思ってますので。。 [...]

[...] その様子は6月22日の交通新聞(全国紙)に写真入りで記事が掲載されていたとの事で、先日、JR北海道の倉谷主幹からいただく。 [...]

[...] 約1ヶ月前。私のもとへ一通の電話がかかってきました。相手は理事長対談の3月号にてお世話になったJR北海道本社の倉谷主幹。これまでの仮駅舎から新駅舎に移行する経緯の中でJR北海道の中島社長より岩見沢JCへ感謝状を贈りたいとのこと。わざわざ社長自ら来岩して我々に感謝状をいただける理由がわからず、お話を聞くと・・・。 [...]

[...] 明日、waoの西村さんも岩見沢入りするとの事。 [...]

[...] これは当初から設計コンペのテーマに掲げられていた「まちとの連携」というまちづくりのDNAが宿った駅である事の証明に他ならないと感じています。そんな大きなプレゼントをいただいた岩見沢市民として、今後はイベントとしての連携にとどまらず、実際にこの岩見沢をどうしていくのか。市民としてどうあるべきか。そんな事に踏み込みつつ自分たちのまちづくりを考えかなければならないと実感します。また今、そんな器ができつつあることを強く感じます。 [...]

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